2022年1月の状況と胸の内:

 コロナ禍のストレスは日本国内のみならず世界中で問題となっている。
 ソーシャル・ディスタンスの確保は、人々のつながりを遠ざけ、孤独や生活変化をもたらした。これは端的にいって、人類社会に広く浸透したひとつの現象だ。
 それと同時に、面倒な会合や行事、雑多な手続き、厄介な人間関係なども端からはしょることができて、楽といえば楽である。これまた多くの人が感じていることであろう。

 私自身も概ね上記の通りである。
 ただ、お世話になっている方々への非礼がこれでもかと積み重なっていて、胸に重い。
 義理に応えていないことばかりだ。いただきっぱなしばかり。手紙も返せていない。
 時間にも金にも余裕がない。技術も習慣も不足している。
 その割に自由には行動している。つまり、生き方のバランスが悪い。

 人間関係は希薄になりがちで、関係を断って去っていく人もこの2年間に何人もいた。
 私自身はポリシー
(もしかするとダンディズム)なのか、自分から他者をシャットアウトすることは、まぁ、ほぼない。議論は尽きるまでする。討論ならば途中で絶対に諦めない。
 それは相手への礼節であり、自分の矜持でもあるし、知的な挑戦でもある。たとえば人間関係に距離を置くことならばままある。でも、まさかブチッと議論を一方的に切るとか、さらに怒ったりしてそのまま交流をも諦めたりするなどということは、まず私の価値観ではありえない。それはナヨナヨしい卑怯者の態度であろう。……が、あまりにも多くのエラい大人たちがそういう姿勢を取るのを昨今目の当たりにするので、内心唖然としている。こうして書きながら、親しいあの人もこの人も、あまり親しくもないあの人もこの人も、、、と大勢思い浮かぶのである
(ということは、自分側にも問題点がある可能性が……、もちろん、人間関係は関係性なのだから、なきにしもあらずではあるのだが)
 その人その人との関係が絶えることは、残念ではある。でも同時に、さっぱりして清々しくもある。出会いも別れも運命と思うことにしている。


 仕事は自宅でのデスクワークが多い。
 でも十分働いているとは言えない。
 趣味も自宅でのデスクワークが多い。
 でも十分動いているとは言えない。
 挑戦も自宅でのデスクワークが多い。
 でも十分力んでいるとは言えない。
 運動不足だ。

 食事の回数は減った。
 コーヒーを飲む量は減らせていない。

 映像作品の鑑賞は増えたが、読書は足りていない。
 創作活動は活発になっている。思考もアイデアも増えている。
 家庭環境も小康状態だから満足である。精神的には安定した。

 私には、いろいろとダメなところが多い。
 けれど情熱だけはこんこんと、たえまなく湧き出てくる。
 毎日が嬉しい。愚痴は多いが、結局は楽しく生きている。
 新しいアイディアも、バーゲンセールするほどではないが、けっこう湧く。
 興味のあることは多い、偏りが強いけれど、行動もそこそこ実行している。
 勉強不足が常に痛いのは変わりない。
 行動も勉強も、そこそこでなくガンガンやりたい。これが本音だ。

 そろそろ大きな仕事を成したいのである。
 2022年、本年中には素晴らしい作品を作り上げようと決心している。